この度、世界文化社より、日本で生まれた漢字=和製漢字「国字」を美しい写真とともに紹介した『ビジュアル「国字」字典』を2月12日に刊行いたしました。この字典では1500字以上を紹介、見たこともない珍字にも出逢えます。ビジュアルとともに「国字」の魅力に触れる唯一の字典です。
「国字」とは日本独自につくられた和製漢字のこと。国字は、私たち日本人の価値観やものの見方、自然や産物などを巧みに織り込んで作られています。衣食住に関しても同様に国字が作られています。ふだんよく目にしている漢字から摩訶不思議な漢字まで。国字は私たちが世界に誇れる豊かな四季、暮らしから生まれたメイド・イン・ジャパンの文字なのです。世界中から日本文化に注目が集まる中、日本で生まれたこの美しい国字に注目してみてはいかがでしょうか。1500字以上を紹介する本書の中から、ほんの一部を紹介します。

●陸上の風景を表す国字

「凪」(なぎ)…「なぎ」とは、風がまったく吹いていない状態、また、微風で、水面の波が穏やかな状態をいう。暖気が上昇気流を、寒気が下降気流がを起こすため、空気の循環が生じ、海と陸の間をわたる風が吹く。朝から日中にかけて、海から陸へ吹く風を「海風」と呼ぶ。夕方から夜にかけて、陸から海へ吹く風を「陸風」と呼ぶ。朝と夕方、海風と陸風が切り替わるときに現れる無風状態が「凪」だ。風が止まることを表わす。瀬戸内海のように、もともと風が弱い内海では、凪のとき、海面は鏡のように平らになる。

●動物の表情を表す国字

「鰯」(いわし)…イワシはニシン目ニシン科イワシ類の魚の総称。日本ではマイワシ・ウルメイワシ・カタクチイワシの3種を指す。水揚げすると弱って腐りやすいことから「よわし」という呼び名がイワシに転化したといわれる。「鰯」の字はそれを表わす。食用のほか、飼料・肥料として用いられる。

●人間の心身を表す国字

「躾」(しつけ)…「仕付け」に同じ。人間社会を生きるのに必要な規範や礼儀作法を教え込むこと。また、そうして身についた節度ある立ち居振る舞いをいう。教育の一環だが、知識を詰め込む学校教育とは違い、「やって良いこと悪いこと」「やるべきこと控えるべきこと」の判断能力を身につけさせることと置き替えてよい。仏教用語の「習気」(じっけ・習慣性)が「しつけ」に転訛したとする説があるのは、日々の心構えの大切さを諭すのに由来するのだろう。「躾」は、礼節を重んじる武家社会の中でつくられた字で、「身を美しく飾る」の意が込められている。

●実り豊かな生活の表す国字

「凧」(たこ)…細い竹でつくった骨組みに紙や布を張った玩具で、糸で牽引し、風にのせて揚力を起こして空中に飛揚させて遊ぶ。平安中期には揚げられていたという。形や模様はさまざまで、地域性が色濃くうかがえる。江戸期には大凧を揚げることが流行り、相手の凧糸を切って競うケンカ凧に人びとは熱狂した。落ちた凧がいろいろな被害をもたらして危険なため、市中での凧揚げは次第に減っていったが、現代でも正月の風物詩として親しまれる。国字は漢字の「風巾」に倣ってつくられたといわれる。


日本の人々が一〇〇〇年以上に亘って作り、使ってきた国字という遺産を、ゆったりと楽しんで、また時にはしげしげと見つめることで、一見堅苦しく難しそうに見える漢字も、私たちの祖先が作った案外身近な文字なんだ、と気付いて楽しんでいただけたら幸いです。(「序文」より)
 


『ビジュアル「国字」字典』
発行/世界文化社
定価:3,700円+税


序文:笹原宏之
1965年東京都生まれ。国語学者・言語学者で、国字研究の第一人者。文部科学省の常用漢字の選定・改定作業に関わる一方、NHK用語委員会、三省堂『新明解国語辞典』編集委員、日本漢字能力検定協会評議員など、数々の要職を務める。2007年から早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授。そのほか北海道大学・東北大学・東京大学などで非常勤講師として教壇に立つ。『日本の漢字』(岩波新書2006年 刊)、『国字の位相と展開』(三省堂2007年 刊)、『方言漢字』(角川選書2013年 刊)など著書多数。